淫語なこうはい01 プレ・ストーリー

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「ふああぁぁ……っ」
眠い……。
カバみたいに大口開けて、大あくび。
半分眠ったまま、俺は校舎の階段をのぼっていた。

「あっ! やばっ、自転車のカゴに置きっぱなしだっ!」
階段の上のほうで、叫び声が響いた。
つられて視線をあげると、

「お尻……?」

女の子のお尻が降ってきた。
いや、お尻には当然、背中も脚も、くっついてるわけで。

「うわぁぁっ!」
とっさに両手を差し出して、転落少女を受け止める。
少女を強く抱きしめたまま、ふたりして階段を転がり落ちた。

痛ってえぇぇぇぇ……っ! 

廊下に倒れ込んだまま、女の子は俺の胸のなかでぴくりとも動かない。
どこか打ったのか……? 
声をかけようとしたけれど、全身を貫く痛みに、うめき声すら出なかった。

バタバタと階段の上から足音が降りてくる。
「ごめんっ! 大丈夫?」
泣き出しそうにゆがんだ顔には見覚えがあった。
心配させてはいけない。俺は痛みに耐えてよく頑張って、無理やりに笑顔を作った。
「ああ、平気――」

「先輩ジャマっ!」
ぐいと乱暴に押しのけられた。

「そりゃねえだろ、あきら……」
廊下にひっくり返されたまま俺は寂しくひとりごちる。

「しずくっ、急に振り返ったりして、ごめんっ!」
泣き声混じりのあきらの声。
やっぱり、この子はしずくちゃんか。
しずくちゃん、また階段を踏み外したんだ。よく落っこちる子だなぁ。
いや、あきらが謝ってるってことは、今回は、あきらのせいで落っこちたのか……? 

「ねえ、しずく、返事して! お願い、返事してよぉっ!」
「……え? あ、うん、平気」
しずくちゃんは、おっとりと答えた。
「ああ、びっくりしたぁ。ふふっ」
どう考えても、びっくりした人間の反応ではない。ちょっと笑ってるし。

「ねぇ、どこか痛いところない、しずく?」
真剣な形相で、あきらはしずくちゃんの全身をまさぐり続ける。
「ここ痛くない? ねえ、ここは?」
双子の妹の身体をいじくりまわす、おねえちゃん。
やべ、間近で見てると、ちょっとエロい。

「うん、たぶん大丈夫。こういうの慣れてるし……んっ」
しずくちゃんは、なすがままに身体中を触りまくられながら、のんびり答えている。
最後の「んっ」がエロかった。
……そんなとこばっかりチェックしてんなよ、俺。

「よかったぁっ! ほら、しずく立って。ボク自転車置き場に急がないとっ!」
あきらの手を借りて、しずくちゃんが、よいしょと立ち上がった。
おおっ、しずくちゃんの白い脚が目前にっ。
ス、スカートの奥の内緒の領域が、もう少しでっ。

「先輩っ! どこ見てんのっ!?」
あきらの鋭い怒鳴り声。
「階段の踊り場で、そんな変態みたいな姿勢でさぁ」
おまえが突き飛ばしたんだろが。

あきらが乱暴に手を差し出してきた。
「ほら、にやけてないで、しゃきしゃき立つっ!」

「べ、別に、にやけてなんか、ないんだからね……」
口ごもりながら俺は手を伸ばす。
そのとたん、あきらが、ぱっと手を引っ込めた。

「なんだよ、あきら……」
「き」
「き?」
「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!」
「わぁぁっ! な、なんだ!? どうした、あきら?」
「せ、せんぱいのっ! 腕がっ! せんぱいの腕がぁっ!」

ん? 俺の腕が、どうした……って、
「ひ、肘がっ!? 俺の両肘が、曲がっちゃいけない方向にっ! うわあああああっ!」
情けない叫び声とともに意識がフェードアウトして――



――目が覚めると、白い天井が視界に広がっていた。

「ん……? どこだ、ここ……」
「あっ! 先輩が起きましたっ! ナースさん、ナースさんっ、先輩が起きましたよっ!」

ぱたぱたという足音が遠ざかってゆく。
いまのは……しずくちゃんの声、か? 

俺は、目だけを動かして周囲を見回した。
天井に設置されたカーテンレール、柔らかなクリーム色の壁紙。
そして、ゆっくりと閉まってゆく横開きのドア。ここは……
「病室、か?」

「ピンポーン」
頭のそばで声がした。
「おはー、せんぱい」
あきらだった。

「ひゃあぁぁぁっ」という悲鳴が遠くで聴こえた。
続いて、金属性の物体が倒れるような音。

「あーあ、しずく、また転んだ」
自分が転んだみたいに、あきらが顔をしかめた。
「患者さん、巻き込んでなきゃいいけど……」

「なあ、あきら、俺の腕、どうなったんだ?」
「両腕骨折だって。アタマのほうは……異常なし?」
「自信なさそうに言うな。……だけど、そっか、折れちまったのかぁ」

なるほど、両腕がギプスで固められている。
でも不思議に痛みは感じない。麻酔が効いてるんだろう。
麻酔の効果が切れたときのことは考えたくない。

「先輩、びしっと抱き止めればヒーローだったのに。後輩からキャーキャー言われたかもよ」
「あきらにはキャーキャー叫ばれたけどな。……ははっ」
言っていて情けなくなり、俺は力なく笑った。困ったように肩をすくめてあきらも笑う。
「まったく、先輩ってばドジっ娘だねぇ」
「ドジっ娘言うな。俺は男だ」
「…訂正、そこかよっ」

あきらの突っ込みにはキレがなかった。ワンテンポ遅い。
さすがに普段のようにはいかないようだ。
やっぱり「ドジっ娘はおまえの妹だ」と返さなくてよかったと思う。
いま、いちばんショックを受けているのは、おそらく、あきらなのだから。

「失礼します」
「先輩っ!」
気の強そうなナースの後から、しずくちゃんが病室へ駆け込んできた。
ん? なんか、服が濡れてるぞ、しずくちゃん……。

「じゃ、ボク、ちょっとメールしてくる」
しずくちゃんと入れ替わるように、あきらがドアへ向かう。
俺はあきらの背中に声をかけた。
「ドジって面倒かけて悪かったな、あきら」

あきらは振り返らずに、ひらひらと片手を振って病室を出て行った。
いまの謝罪で、少しでもあきらの気が楽になればいいんだけど。
怪我したのは俺が悪いんだ、俺がどんくさいせいだって、思ってくれればいいんだけどなぁ……。



ナースが病室を出ていくと、室内が、ふいに静かになった。
しずくちゃんとふたりきりになると話題がない。
いつもはあきらがクッションになるから、自然に会話が交わせるんだけど。
おまけにしずくちゃん、シャツがちょっと透けちゃってるし……。

「どうか、なさいました?」
しずくちゃんは、にこりと笑って訊ねてきた。
「い、いや、なんでもないよ」
「……? ねえ、せんぱい」
「あ、なにかな」
「あきらちゃん、まぶた腫らして戻ってくると思いますけど」
しずくちゃんは、ふわりと微笑んだ。妹というよりお母さんみたいな笑顔だった。
「気づかないふり、してあげてくださいね」

「…………」
「あきらちゃん、きっと、いまトイレで泣いてます。自分のせいで先輩に怪我させちゃったって。わたしがぼーっとしてたのがいけないのに」
「まぶた腫らして戻ってくる、か……しずくちゃんみたいに?」

「あっ、もぉ。気づかないふり、してくださいよぉ」
しずくちゃんは、ぷっと頬を膨らませた。いまどき頬を膨らませた。
俺は本日、最大のダメージを負った。

「――あ、ところで、しずくちゃんは大丈夫だったの?」
「はい。ぜんぜん異状なしでした。先輩が受け止めてくれたおかげです」
「受け止めてはいないけどね、一緒に落っこちたんだし。……カッコ悪いなぁ」
「そんなことありません。先輩かっこいいです。命の恩人です」
しずくちゃんは、すっと立ち上がって、きれいに頭を下げた。
「どうもありがとうございました」

「し、しずくちゃん、いいよ、そんなことしなくて……」
いたたまれない気分でいっぱいになる。
だって俺、たまたま後ろを歩いてて、勝手に巻き込まれて勝手に怪我しただけだもんなぁ。

「本当は、すぐにお礼を言わなくちゃいけなかったんですけど」
しずくちゃんは、椅子に座り直して、うふふと笑う。
「わたし、なにが起きたのか、よくわかってなくて」
いかにもしずくちゃんらしい発言に、俺もつられて笑った。

「……だけど、これからどうしよう」
ギプスに固められた両腕を見て、ため息をつく。
俺、どうやってメシ食うんだ……? 

「わたし、毎日こちらへお見舞いに来ますね」
しずくちゃんは、にこにこしている。
「お弁当作ってきます。先輩、おにぎりの具はなにがお好きですか?」
「いやぁ、さすがに入院するカネはないよ」
「え?」しずくちゃんは、大きな目をぱちくり。「じゃあ、治療はどうするんです?」
「もちろん通院はするけどさ。やっぱり、しばらく実家に帰るしかないかなぁ」

「実家……」
しずくちゃんは、ふいに考え込み始めた。口のなかで、なにやらぶつぶつ言っている。

「まいったなぁ」
俺は天井を仰いで、つぶやいた。いまさら実家に帰るのは色々しんどい。

「あのっ、先輩っ!」
突然しずくちゃんが顔を覗き込んできた。そのまま、ぐいと顔を寄せてくる。
「し、しずくちゃんっ!?」
近っ! 柔らかそうな唇、近っ! 

「わたしが先輩を看護しますっ!」
「……え?」
「先輩の腕が元通りになるまで、わたしが身の回りのお世話をしますっ!」

しずくちゃんが……? 
「い、いや、いいよっ! そんなことしなくていいからっ!」
俺はあわてて首を振る。脇の下に、じわりと汗がにじんだ。
しょっちゅう階段を踏み外して落っこちてるような子に、身の回りの世話なんてされたら……。

「いやですよ、せんぱい、遠慮なんてしないでください」
屈託なく微笑んで、しずくちゃんは椅子に腰を下ろした。
「いや、遠慮とかじゃなくて、」
「先輩の腕がそんなことになってしまったのは、わたしの責任です。ですから、ちゃんと治るまで、わたしがお世話しますっ」

「……どうしても?」
「はい。さしあたって、これから毎日、お食事を作らせていただきます。なにか、あったかいものをお作りしましょう。おでんなんかいいですよね」

「おでんって……」
ぐつぐつと煮え立つおでん鍋を持った、しずくちゃんを想像してみた。
可愛いエプロンをつけて、ミトン型の鍋つかみを両手に嵌めて、額にうっすらと汗を浮かべて、「できましたよ、せんぱい」って俺に歩み寄ってきて、部屋の段差に足を取られて――

「……ごくっ」
「うふふ、先輩、おでんがお好きなんですね」
いえ、その「ごくっ」ではありません。

「お、俺、おでんは、あんまり……」
「でしたらオイルフォンデュをお作りします。あっ、天ぷらも美味しいですよね。揚げたてあつあつのかき揚げを、目の前でごはんに載せて食べましょう」

油かぁ……油はいろいろシャレにならないなぁ。
おでんの段階で食い止めておくべきだったか……。

「ねぇ先輩、お料理の他にしてほしいことはありませんか? わたし、なんでもします」

遠くへ行きかけた意識が、しずくちゃんの一言で呼び戻された。
「……なんでも?」
「はい。わたしにできることでしたら、なんでもしますっ」
胸の前でガッツポーズを作る、しずくちゃん。いちいち可愛いんだよなぁ、もう。

こんな可愛い子が、なんでもしてくれる……なんでも……。
卑猥な妄想が頭をもたげかけたが、あわてて首を振って霧消させる。
だって両腕がコレじゃ、解消するすべがないもんな……。

「先輩、どうかなさいました?」
「いや、なんでもない」
俺は、えへんと咳払いをひとつ。
「ねえ、しずくちゃん。君みたいな女の子が、なんでもするなんて言うもんじゃないよ」
年長者の威厳を漂わせて、俺は重々しく告げた。つもり。

「どうしてですか?」
しずくちゃんは、きょとんとしている。
「どうしてって……アレのお手伝いしてくれとか言われちゃうから」
「アレ?」
「だから、その、男の生理……とか、さ。ははっ」
ジョークを飛ばした瞬間、激しい後悔に見舞われる。
しずくちゃんは大きな目を真ん丸にして、両手で口元を覆っていた。

うわうわ、まずったっ! 
あきらならまだしも、しずくちゃんには、ちょっと際どかったかっ。

「……先輩」
しずくちゃんの声が一段、低くなった。
「わたし、驚きました。すごくショックです」

「あのっ、しずくちゃん……ご、ごめ――」
「男のひとにも生理があるんですね。わたし知りませんでした。びっくりしました」
しずくちゃんは真剣な表情でうんうんとうなずいている。

「……はい?」
「先輩が許してくれるのなら、もちろん生理のお手当てもいたします」
「えっと、しずくちゃん、あの」
「とにかくっ!」
しずくちゃんは珍しく、俺の発言を強引にさえぎって、
「先輩のお手当ては、ぜんぶ、このわたしにお任せくださいっ!」

言って、しずくちゃんは自分の胸に手を当てた。
そのせいで、下着のラインが、より透けた。

淫語なこうはい01 体験版

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