淫語ないもうと00 プレ・ストーリー

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小さくノックの音がした、ような気がした。
わたしはびしょぬれのタオルから顔をあげた。

おにいちゃん……? 
耳を澄ましてみる。

ノックの音は続かない。
気のせいだったみたいだ。
一晩じゅう、おにいちゃんのことばかり考えてたから……。

ため息をついて、窓の外に目を向けた。
空の色が、ほんの少しだけ変わっていた。

朝が、来てしまう……。

ドアが、再びノックされた。
今度こそ、本当にノックされた。

「菜々子、起きてるか……?」
ドア越しに聞こえる、おだやかな声音。
耳になじんだ、おにいちゃんの声だ。

「……うん、起きてる」
答えてから、わたしはあわてて立ち上がった。
部屋の隅にうずくまって泣いている姿なんて、見られてはいけない。
お夕飯のときだって、がんばって泣かずにいたんだから。

濡れたタオルを握りしめたまま、急いでベッドにもぐりこむ。
頭からお布団をかぶり、身体を丸めた。

「入っていいか?」
「……うん」

ドアが開閉される音がした。
「電灯、つけるぞ」
「……うん」
ぱちりという音。足音がベッドに近づいてくる。
「菜々子、ごめんな、こんな時間に」
「……うん」
「俺、菜々子に話しておきたいことがあるんだ。ずっと迷ってたけど、やっぱり、言っておいたほうがいいと思って」

わたしはもう、「うん」と答えることさえ、できなかった。
お布団のなかで、両肩をぎゅっと抱く。
おにいちゃんが家を出ていく理由。そんなの、決まってる。

わたしが、おにいちゃんを好きになってしまったから。

おにいちゃんはそれが迷惑で、だけど、わたしがいもうとだから、はっきりと拒否することも
できなくて。
だから、わたしと離れるために、遠くの町へ引っ越すんだ。

「菜々子、俺の話を聞いてほしいんだ」
おにいちゃんの声が、さっきより近くで聞こえた。ベッドの脇にしゃがみ込んだようだ。
顔が見たい。おにいちゃんの顔を、すぐそばで見たい。
だけど、いまのわたしの顔は、おにいちゃんに見せられる顔じゃない……。

「……やだ」
わたしはさらに身体を丸めて、ひざ小僧に顔を押しつけた。

おにいちゃんは、きっと、優しい言葉で説明してくれるんだろう。
きょうだいで恋愛感情を抱くなんて、いけないことだって。
けど、わたしは……っ! 

「菜々子」
「やだっ、聞きたくないもん!」
「頼む、聞いてくれ、菜々子。―― 俺、菜々子が好きなんだ」
「……うん、わかってる」

好きだけど、それは家族としての好きで……おにいちゃんはきっと、そんなふうに
言ってくれる。

「ごめんな。俺、気持ち悪いだろ?」
「……えっ?」

驚いて、お布団をはねのけた。
おにいちゃんが、気持ち悪いって……? 

まぶしい蛍光灯の光の下で、おにいちゃんは、寂しそうに笑っていた。
最近、ときどき見せるようになった、わたしの好きじゃないほうの笑顔だった。

「俺さ、菜々子と一緒に暮らしてると、いつか、菜々子を傷つけるようなことをしちゃうかも
しれない。だから、この家を出ていくことにした」
「おにいちゃん……」
「まだ、そんなふうに呼んでくれるのか。優しい子だな、菜々子は」

おにいちゃんはわたしから目をそらした。
「こんなこと、菜々子に言っちゃいけないってのは、わかってるんだ。だけど、気持ちの
整理をつけるためには、ちゃんと伝えたほうがいいって思ったから」
「…………」
「ごめんな、菜々子。自分勝手な都合で、菜々子を傷つけるおにいちゃんで」

おにいちゃんはわたしのほうに手を伸ばしかけて、その手を止めた。
ぎこちなく手を下ろして、また、わたしの好きじゃない笑い方をした。

「じゃあ、しばらく、さよならだ。次に会うときはさ、俺、菜々子を妹として愛してる、普通のお兄ちゃんに戻ってるから。だから、安心してくれ」

おにいちゃんが立ち上がる。
軽く手を振る。背中を向ける。ドアに向かって歩いてゆく。

おにいちゃんが、わたしから遠ざかってゆく。

次に会うときは、わたしを妹として愛してる、普通のお兄ちゃん。
いまは、わたしを妹としてじゃなく愛してる、普通じゃないおにいちゃん……。

「待って!」
わたしはおにいちゃんの背中に呼びかけた。
「ずるいよ、おにいちゃん、自分だけ言いたいこと言ってっ!」

「……菜々子?」
「わたしもっ!」
わたしはベッドを抜け出した。転びそうになりながら、おにいちゃんに駆け寄ってゆく。
「わたしも、おにいちゃんが好きっ!」

そう叫んで、わたしは、おにいちゃんの胸に飛び込んだ。
「いもうととしてとか、おにいちゃんとしてとか、そういうの、よくわからないけど、とにかく、おにいちゃんが ―― いまのおにいちゃんが、好きなのっ」

けれど、おにいちゃんは抱きしめてくれない。

「なんで、ぎゅってしてくれないの?」
「いや、それは……」
「おにいちゃん、わたしのこと、好きなんでしょ? だったら、ぎゅってして」

おにいちゃんの両手が、わたしの背中にそっと触れた。
けれど、やっぱり抱きしめてはくれない。

「おにいちゃん、もっと強く」
「あ、ああ……」
ようやく、おにいちゃんはわたしを抱きしめてくれた。

おにいちゃんの体温に包まれて、わたしは、はっきりとわかった。
やっぱり、わたしはこのひとが好きなんだ。
わたしには、おにいちゃんしかいないんだ。

「菜々子、いまのおにいちゃんが好き。だから」
おにいちゃんの目をまっすぐに見上げて、わたしはお願いした。
「おにいちゃんが、いま、菜々子にしたいって思ってること、してください……」



おにいちゃんは、優しかった。
わたしはちっとも傷つかなかった。



夕方になって、わたしはようやくベッドから出た。
おにいちゃんに可愛がってもらったときのままの姿で、机のそばに近づいた。

机の上には、おにいちゃんが使っていたボイスレコーダー。
ボイスレコーダーを横によけて、下に敷かれていたメモを手にとる。
おにいちゃんの字を、指先でゆっくりとなぞってゆく。

「菜々子の声を聴かせてほしい……か」
その下に、おにいちゃんのパソコン用のメールアドレス。
ボイスレコーダーの使い方と、メールと一緒にボイスメッセージを送信する方法も、
わかりやすく説明してある。

胸の奥が、じんと熱くなった。
おにいちゃんは、気持ちいいときのわたしの声を、可愛いと言ってくれた。
わたし自身も初めて耳にした、おかしな声。
なんだか動物みたいで、ちっとも可愛くなんてなかったのに、おにいちゃんは、
何度も「もっと聴かせて」と頼んでくれた。
だから、恥ずかしかったけど、いっぱい聴いてもらった。

おにいちゃんは、わたしのお口で気持ちよくなってくれた。
出してくれたものを飲み込んだら、すごくうれしそうにしてくれた。

ひとつになったとき、「ありがとう」って言ってくれた。
わたしの好きなほうの笑顔で、笑ってくれた。

思い出すと、またドキドキが始まる。
わたし、すごいこと、いっぱい言っちゃった。
おにいちゃん、あんな言葉、また聴きたいんだ。
わたしの声で、えっちなこと、しゃべってもらいたいんだ……。

「うん、聴かせてあげるね、おにいちゃん」
つぶやいて、ボイスレコーダーを手に取った。

「えっと……」
真ん中の大きなボタンを押せば録音できるって、メモには書いてあったけど……。

とにかく一度、動かしてみよう。
わたしは、すうと息を吸った。


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